白井屋ホテルは、前橋の中で一度役割を終えた場所が、もう一度きちんと機能し始めた好例だ。白井屋は江戸時代創業の老舗旅館として、長くこの街の中心で役割を果たしてきたが、2008年に一度その歴史に区切りを打ち、営業を終えている。特別な事件があったわけではない。地方都市では珍しくない、役目を終えた旅館の静かな閉店だった。

その後、この場所が辿ったのは、取り壊しではなかった。アイウエアブランド「JINS」を手がける実業家・田中仁氏が、街の中心に残されたままの白井屋に目を向け、もう一度“使われる場所”として戻すことを構想する。その考えを具体的な形へと落とし込んだのが、建築家・藤本壮介氏。象徴を上書きするのではなく、旅館として積み重ねてきた記憶や街との距離感を引き受けたまま、今の前橋に機能する建築へと組み替えていく。その延長線上に、現在の白井屋ホテルがあり、『SHIROIYA the RESTAURANT』もまた、その流れの中に自然と置かれている。
料理のコンセプトも、このホテルの成り立ちと同じ方向を向いている。群馬のテロワールを明確に軸に据え、下仁田葱、地元野菜、川魚、赤城和牛といった土地の食材を、正面から料理に落とし込んでいく。その上で、調理や構成は現代的に組み直されており、郷土料理の再現ではなく、今の感覚で更新された“上州キュイジーヌ”として成立している。。そのバランス感覚が、このレストランの料理の芯になっている。

その象徴が「OKIRIKOMI」だ。群馬の郷土料理として親しまれてきたおきりこみを、そのままの形では出さない。皿の中心に据えられるのは、薔薇を思わせるビジュアルに仕立てられた大根と蒟蒻。そこに葱のオイルを重ね、最後に出汁を注いで仕上げる。平打ちうどんはピュレとして構成に溶け込み、口に運ぶと広がるのは、確かにあの“おきりこみ”の味だ。見た目は現代的だが、着地は明確で、食後には郷土料理としての輪郭がはっきりと残る。郷土性を正面から扱いながら、今の感覚で更新する。この一皿だけで、この店が目指す方向性は十分に伝わってくる。

その他の料理はこちら。
「アミューズ」は2皿構成。ひとつは、群馬の米を使ったチップに、県内で養殖される虹鱒、卵、タルタル、醤油漬けを重ねた一口。土地の食材を使いながら、塩味と旨味を明確に組み立てた導入。

もうひと皿が「下仁田葱のタルト」。群馬を代表する下仁田葱を主役に据え、葱のピュレとパウダーで香りを重ね、ベーコンと地元産チーズを組み合わせる。キッシュを思わせる構成で、下仁田葱の甘みと香りが前に出る。

「大根」は県内野菜の大根に天使海老を合わせた一皿。大根はムースと糠漬けで使い分け、甘じょっぱい要素と食感の差をつくる。オリーブオイルとビスクソースが海老の旨味を支え、唐辛子とパプリカパウダーで味の輪郭を整える。タイトルとは打って変わって味のメインは海老。

「パン」は館内のベーカリーで焼成されたもの。自家製の発酵バターに、群馬の牧場由来の乳製品、味噌のパウダーを添える構成。

「ほうれん草」は群馬産のちぢみほうれん草を主体に、上州地鶏のフリット、法蓮草のムース、ハーブを組み合わせる。付け合わせとして地鶏のレバームースが添えられ、冬野菜と地鶏という土地性の組み合わせが軸になっている。

「農園より」は地元農園のカリフラワーを使用。コンソメで炊いた後にソテーし、にんにく、パセリ、エスカルゴバターソースで仕上げる。野菜を主役に据えた構成。

「川魚」は群馬の川魚である大岩魚を用いたソテー。サフランを効かせたスパイシーなソースを合わせ、皮に見立てたトーストを重ねる構成。淡白な身に香ばしさと食感を加える意図が明確だ。白菜には台湾由来のスパイスを使い、胡桃のローストを添える。

「恵み」は赤城和牛のヒレ。牛出汁を煮詰めたソースに、椎茸のグラタンを合わせ、黒ニンニクと岩塩で仕上げる。過度な演出はなく、火入れと肉質の良さがそのまま伝わってくる内容で、素材の力を素直に感じさせる一皿。

「果実」は、地産のブランド苺を主軸にした一皿。中央に丸くまとめたアイスクリーム状の要素を据え、周囲にミルキーなソースを流す構成。上にはレース状に仕立てたチュイルを重ね、苺は果実として脇に添えられる。

「小菓子」は二種。ひとつはキウイを使ったタルトで、果実感を前に出した仕立て。もうひとつは抹茶のビスキュイで、色味と風味のコントラストを担う。

白井屋ホテルが前橋の中で果たしている役割と同様に、このレストランもまた、土地と正面から向き合いながら、今の形に整えられている。群馬の食材や郷土性を軸に据え、それらをどう料理として組み立て、どうコースとして語るか。その意図は皿の構成や流れの中で明確に示されている。ひと皿ごとの積み重ねによって、前橋という土地の背景や現在地が立ち上がってくる。そんな体験を、きちんと提供している一軒だ。ご馳走様でした。
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SHIROIYA the RESTAURANT
027-231-4618
群馬県前橋市本町2-2-15 SHIROIYA HOTEL 1F
https://tabelog.com/gunma/A1001/A100101/10021895/