人形町の路地裏に暖簾を掲げる、日本料理店『礒田』。店主の礒田岳人氏は、大阪の日本料理店で約2年を過ごした後、「新ばし 星野」で約8年間腕を磨き、2021年4月に独立した。開業当初は居抜きの店舗から始まり、その後、同じ人形町で現在の場所へ移転。この移転は単なる場所替えではない。空間まで含めて店を自分の色へ染め直し、以前よりも一段と、本人の目指す『礒田』に近づいたように感じる。白木のカウンターを中心に据えた今の店には、料理だけでなく、佇まいそのものにも美意識がより濃く表れている。

この日のコースに流れるのは、夏の食材を軽やかに食べさせるリズム。出汁を吸わせる、香りを重ねる、食感をずらす。正統派の日本料理を軸にしながら、一皿ごとに小さな変化を差し込んでくる。そして終盤には、米で胃袋を畳みかける怒涛のご飯祭り。品よく始まり、最後は食欲を完全に掌握される。なかなか油断ならない。
「毛蟹、木耳、オカヒジキ」。毛蟹の柔らかな甘味に、木耳のこりこりとした歯触り、オカヒジキのしゃきしゃきとした食感が重なる。味を足し算するというより、歯触りで輪郭を描く。涼やかな見た目の中に、最初からきちんと仕掛けがある。

「鯵の棒寿司、鬼灯、オクラ」は、鯵の脂に生姜の香りを効かせた一品。ひと口目には魚の旨味が広がり、その後から生姜がすっと抜ける。鬼灯の甘酸っぱさ、オクラの青い香りと粘りも加わり、小さな皿の中で味覚が細かく切り替わっていく。

「鼈の炭焼き」は、炭火の力をまっすぐに伝える一皿。表面は香ばしく焼き切り、内側にはすっぽん特有のゼラチン質と滋味深さを残す。照りを帯びた味わいに炭の香りが重なり、噛むほどに旨味がにじむ。シンプルな仕立てだからこそ、素材の力と火入れの技術がよく伝わる。

「目板鰈、白烏賊」は、青い器に白い魚介が映える涼感のある景色。明石の目板鰈は噛むほどに旨味がにじみ、白烏賊は細かな包丁仕事によって甘味を深める。同じ淡い色調の中で、歯応えと粘りが対照をつくる。山葵を少し添えれば、輪郭はいっそう鮮明になる。

「鮎の唐揚げ、実山椒、胡瓜」は、頭から尾まで豪快に。衣はかりっと香ばしく、身には鮎らしい苦味が残る。実山椒の刺激が香りを押し上げ、胡瓜の瑞々しさが余韻を整える。川魚の野性味を残しながら、食後感は驚くほど爽やか。

「玉蜀黍の天ぷら」は、旬の甘味を真正面から味わう料理。薄い衣の中で粒がぷちっと弾け、香ばしさの後から自然な糖度が追いかけてくる。

「車海老、冬瓜、蓴菜のお椀」。澄んだ吸い地の中で、車海老はぷりっと弾み、蓴菜はつるりと滑る。ただし、心を掴んだのは冬瓜だった。出汁をたっぷりと含み、噛んだ瞬間に旨味がじゅわっとほどける。見た目はおとなしいのに、仕事ぶりは誰よりも雄弁。車海老を差し置いて冬瓜にやられるとは。

「金目鯛の鱗焼き」は、音まで美味しい。ぱりぱりと軽快に砕ける鱗の下から、ふっくらとした身が現れる。金目鯛の脂は豊かだが、添えられた青いソースが後味を軽やかに整える。香ばしさ、脂、清涼感。口に入れた瞬間は力強く、食べ終わりは軽い。

「賀茂茄子、小芋の炊き合わせ」は、出汁を含ませる技術がよく伝わる一皿。賀茂茄子はとろりと崩れ、小芋は滑らかな舌触りを保つ。どちらも出汁を抱え込みながら、素材としての輪郭を失わない。前半の冬瓜もそうだが、『礒田』では野菜が脇役に収まらない。出汁を吸わせた瞬間、急に主役の顔になる。

「無花果の白和え」で、いったん呼吸を整える。無花果の甘味に、白和え衣のまろやかなコク。柔らかな食感が重なり、コースのテンポが少しだけ緩む。ただし、これは休憩ではない。

本当の戦いはここから始まる。
一番手は「新生姜と万願寺唐辛子の御飯」。新生姜の爽やかな辛味と、万願寺唐辛子の青い香り。さらに、出汁の旨味が米の芯まで浸透し、ひと粒ごとに味わいがある。香りの清涼感と米の旨味が重なり、箸が止まらない。ここで一杯に留めるのは、なかなか難しい。

そこから「鰹節御飯」、

「白御飯」、「卵かけ御飯」と、

白米の表情を変えながら畳みかける。「白御飯」には牛肉の時雨煮、縮緬雑魚、香の物。ご飯を進ませる役者まで揃い、途中から杯数を数える意味がなくなる。

さらに「すっぽんの出汁掛け御飯」。黄金色の出汁を注げば、米の甘味にすっぽんの滋味が重なる。旨味には厚みがあるのに、後味は澄んでいる。

さらに卵を合わせれば、そのまま「すっぽん雑炊」へ。すでに満腹のはずなのに、最後の一滴まできれいに収まってしまう。胃袋には、まだ知らない部屋があるらしい。

甘味は「アンデスメロン、佐藤錦」。アンデスメロンの瑞々しい甘さと、佐藤錦の上品な酸味が、ご飯祭りで膨らみきった胃袋を涼しく着地させる。

『礒田』の料理は、声を張り上げない。それでも、食べ進めるほどに存在感が増していく。毛蟹に重ねた食感、鮎の苦味、金目鯛の鱗の音。そして、冬瓜に染み込んだ出汁。修業で培った確かな技術を土台にしながら、現在の場所で、自身の屋号にふさわしい輪郭がさらに濃くなったように感じる。ご馳走様でした。
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礒田
03-3527-3116
東京都中央区日本橋人形町1-5-10 日本橋芸者新道ビル 3F
https://tabelog.com/tokyo/A1302/A130204/13303109/