2026.06.01 昼 蕎麦は香り。挽き立てが、その答え。@蕎麦きり吟 そば 広島市 3000円 ★★★★☆ 広島市南区、段原骨董通りの路地裏に佇む『蕎麦きり吟』。白い暖簾の先で待つのは、淡い緑色を帯びた端正な十割蕎麦。玄蕎麦の状態で仕入れた実から殻を丁寧に取り除き、店内の石臼で自家製粉する。殻を剥いた瞬間から劣化が始まるため、仕事は時間との勝負。挽き立ての蕎麦粉100%に水だけを加えて打つという。ひと口啜った瞬間に押し寄せる香りの強さには、ちゃんと理由があったのだ。 まずは「せいろ」。 艶やかに切り揃えられた蕎麦を箸で持ち上げ、何もつけずに啜る。すると、蕎麦の香りがふわり、ではなく、ぶわりと広がる。淡い色合いから受ける繊細な印象とは裏腹に、風味の輪郭はかなり力強い。十割らしい穀物の甘味がありながら、食感は滑らか。噛めば香りがさらに膨らみ、喉を通った後にも心地よい余韻が残る。 つゆもいい。 出汁感をしっかりと効かせつつ、蕎麦の香りを塗りつぶさない。蕎麦を少しだけ浸せば、つゆの旨味が風味の輪郭を一段持ち上げる。香りを楽しみたいから、そのまま啜る。つゆも旨いから、また浸す。気づけば箸が忙しい。 続いて「穴子天」。 高温で一気に揚げられた穴子は、衣が軽やかに立ち、その内側で身がとろりとほどける。特に印象的なのは、揚げ立ての熱をまとっている間の食感。熱々だからこそ、穴子の身は舌の上でとろけるように崩れ、脂を含んだ甘味まで一気に広がる。時間を置くのはもったいない。運ばれてきたら、迷わずすぐに頬張ってほしい。 そして「そばがき」。緑釉の器に盛られた姿は、素朴というより艶めかしい。一般的な団子状の「そばがき」とは少し違い、とろとろとした滑らかな質感が主役。口に含めば、舌の上でゆっくりとほどけながら、蕎麦の香りが丸みを帯びて広がっていく。「せいろ」が香りを鋭く届ける料理なら、「そばがき」は香りを包み込みながら届ける料理。同じ蕎麦粉から生まれながら、表情はまるで異なる。 『蕎麦きり吟』の魅力は、その香りを最も良い状態で届けるための仕事にある。挽き立ての蕎麦粉で打つ「せいろ」、熱々のうちにとろける「穴子天」、香りを丸く包み込む「そばがき」。それぞれの皿が違う角度から蕎麦の個性を見せてくれる。段原の路地裏で、蕎麦の香りに真正面から向き合う。そんな一食を求めて、また暖簾をくぐりたくなる。ご馳走様でした。 — 蕎麦きり吟082-236-3269広島県広島市南区段原1-7-18https://tabelog.com/hiroshima/A3401/A340123/34014468/