駒場東大前で、老舗定食屋の延長線上にある酒場『菱田屋酒場』。

母体となる『菱田屋』は、明治時代に東京大学向けの仕出し弁当屋から始まったと伝わる老舗で、現在の場所でも100年以上続くという。はっきりした創業年こそ残っていないが、この街で積み重ねてきた時間の長さは十分に伝わってくる。5代目の菱田アキラ氏は寿司の現場を経て、渋谷の中華の名店で5年間修業。その後に「菱田屋」を継ぎ、魚を見る目と中華の引き出しを持ち込んだ。『菱田屋酒場』は、そんな本店の流れを受けながら、定食ではなく酒場という形でその個性を広げた一軒だ。

だからメニューの方向性も実に明快だ。名物の豚の生姜焼きを中心とした豚肉料理があり、やま幸に代表されるこだわりの魚があり、さらに中華仕込みのアプローチが脇を固める。あれこれ手を広げているようで、軸はぶれていない。主役はあくまで豚と魚で、その魅力をどう酒場の料理に変換するかという場面で、中華の技術が自然に効いている。定食屋の続きにある店だが、ただ本店のメニューをつまみサイズにしたわけではなく、酒と合わせるための組み立て直しがきちんとある。

「まぐろぶつ切り」は、その魚へのこだわりがもっとも素直に見える一皿。厚めの切り方で食べごたえを作りつつ、噛むたびに鮪の旨味がじわっと広がる。余計な演出がないぶん、素材の質の話に自然と戻ってくる。

「まぐろフライタルタル」は、刺身だけで終わらせないのがいい。衣のザクッとした食感のあとに、鮪のしっとりした身質が続き、タルタルのコクが全体を酒場の皿として着地させる。

「焼売」は、文琳仕込みの中華の背景がいちばんわかりやすく出る。大ぶりで肉感がしっかりあり、噛めば肉汁が広がる。点心として繊細に見せるというより、酒場で食べる焼売として満足感を前に出した仕上がりだ。

「焼豚チャーハン」もよかった。米をほどよくほぐしながら、焼豚の脂と旨味はきちんと抱え込む。卵や葱の香りもまっすぐで、こういう定番に変なブレがないのは強い。

「名物とんてき」は、生姜焼きと迷う気持ちごと受け止めてくる一皿。生姜の効いた甘辛い味つけはやはり白飯を呼ぶが、厚みのある豚の存在感によって、こちらはより酒の景色にも寄っていく。相手が米か酒か、その違いだけで同じ豚料理の見え方が変わるのがおもしろい。

「スパサラ」を頼んだのに、ほかの皿にも添えられてくるのはご愛嬌。こういう食堂っぽい空気が残っているのも、この店らしさなんだろう。きっちり技術がありながら、どこか肩の力が抜けている。その塩梅がちょうどいい。

しっかり料理を作れる店が酒場をやると、こういう着地になるのかもしれない。飲ませるためだけに寄せすぎず、食べさせる店としての芯もちゃんと残っている。気軽に使えるのに、皿にはきちんと理由がある。『菱田屋酒場』は、そんなバランスのよさが光る一軒だ。
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菱田屋酒場
03-6336-8891
東京都目黒区駒場1-11-12 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1318/A131801/13261928/