世田谷・松蔭神社前の閑静な住宅街に暖簾を掲げる日本料理店『松蔭鶴水』。L字カウンターわずか7席という小さな舞台で、店主・鶴水与作氏がその日の主役となる食材を次々と披露していく。自ら市場や産地へ足を運び、「これだ」と思ったものだけを揃えるというスタイル。

特に冬から春にかけての松葉蟹は、この店を語る上で欠かせない存在だ。料理だけでなく酒のラインナップも充実しており、日本酒好きにはたまらない構成。料理、酒、会話、そのすべてがカウンターで同時に進行していく、ライブ感の強い日本料理店である。

季節の走りを感じさせる料理が静かに続いていく。「月光百合根の茶碗蒸し」から始まり、豆乳のまろやかさと百合根の甘み、うすい豆の青い香りが春の気配を告げる。

「雲丹と松葉蟹と蛍烏賊の酢飯」では海の旨味を重ね、

「虎河豚の唐揚げと蕗の薹の天麩羅」では香ばしさとほろ苦さが季節の輪郭を描く。

蛤出汁を主体にした「若竹椀」で一度滋味を深めた後、

「つぶ貝とカンヌキとほうれん草のおひたし」が海と青菜の清涼感をもたらす。

さらに「目光の酢炊きと蛸の旨煮、蕗味噌」と続き、酸味と旨味、そして蕗味噌のほろ苦さが重なり、春を感じさせる酒肴としてコースの流れを整えていく。

ここから、いよいよ主役の蟹へ。松葉蟹を様々な表情で楽しませる、この店の見せ場だ。まずは脚に蟹味噌を添えて、甘い身に濃厚なコクを重ねるところからスタート。

同じ脚でも今度はポン酢で味わえば、ぐっと軽やかな輪郭が現れる。

さらに爪は、蟹の血液を凝固させた珍味とともに。蟹という食材の奥深さを感じさせる一皿だ。続いては香ばしく揚げた蟹脚。煮詰めたトマトと新玉ねぎのソースが甘い身の旨味に酸味のアクセントを加え、味わいに立体感を生む。

そして最後はさっぱりとした一皿で締めくくり、ここまで続いた蟹の余韻をやさしく整えていく。

ここまでで一度、椀が登場する。「クエ汁」。脂の乗ったクエの旨味が出汁に溶け込み、じんわりと身体に染み渡るような滋味深さ。ここまで続いた蟹の余韻を整えながら、次に控えるこの店の真骨頂へと静かに舵を切る一椀だ。

そして迎えるのが、この店のハイライトとも言えるご飯の時間。店主の親族が会津で育てる無農薬米「鶴水米」を土鍋で炊き上げる。蓋を開けた瞬間、立ち上る湯気とともに艶やかな白米が姿を現す。一粒一粒がしっかりと立ち、噛むほどに甘みが広がる見事な炊き上がり。

ここに並ぶのは、京都の鮪、

愛媛の真鯛、

山利のちりめん、

そして勝部牛。どれもが白米のための名脇役で、箸を進めるたびに米の甘みが引き立つ。気づけば茶碗を重ねてしまう、そんな幸福な時間だ。

締めは「クエ雑炊」。クエの旨味を余すことなく受け止めた、やさしく身体に落ち着く一杯。

季節の恵みを重ね、蟹を主役に据え、最後は白米で満たす。この流れこそが『松蔭鶴水』の魅力だろう。食材、料理、そして店主の軽快な人柄がカウンターの空気を温かく包み込み、気づけば腹も心も満たされている。松蔭神社前の住宅街に、こんな贅沢な時間が待っている。ご馳走様でした。
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松蔭鶴水
03-6874-3699
東京都世田谷区若林4-20-10
https://tabelog.com/tokyo/A1317/A131709/13220685/