広尾の住宅街に静かに溶け込む『HASUO』。ここで行われているのは、確かにイノベーティブな試みだ。ただし、その足元は驚くほど盤石。韓国料理と聞いて多くの人が思い浮かべる、焼肉やチゲ、たくさんのおかずが並ぶ食卓。その記憶と地続きのまま、日本人にも馴染みきった味を素材に、更新の精度だけをひたすら高めている。結果としてイノベーティブに映る。その順序が、実にいい。

コースの幕開けは「漢方と林檎」。温かい一杯に、漢方由来の滋味とほろ苦さ、そこに林檎の穏やかな甘みが重なる。刺激で引き込むのではなく、体を内側から整えるための導入。韓国料理が本来持つ薬食同源の思想を、理屈ではなく感覚として伝えてくる。

そして一気に世界観を掴まれるのが、16種類の小さなおかずが一斉に並ぶ構成。キムチ、ナムル、発酵野菜を中心に、韓国料理の日常を形づくってきた要素がずらりと並ぶ。塩分、酸味、発酵の深さ、油脂のキレが整理され、一皿ごとの輪郭が異様なほど明瞭。ここで、この店のアップデートが感覚として腑に落ちる。

たくさんのおかずをつまむ流れの中で、温度と構成を変えて差し込まれるのが、この三皿だ。
まずは「ユッケジャン」。牛肉を使わず、茶碗蒸しの上にユッケジャンを餡として重ねる構成。辛味と旨味を“スープ”ではなく“あん”に落とし込むことで、蒸し物の柔らかさと一体化させている。ベルの香りが全体を引き締め、ユッケジャンという馴染みのある料理が、まったく別の表情を見せる。発想の面白さが、そのまま味の説得力につながった一皿だ。

続いて「開城ボキムチ」。北朝鮮・開城地域の郷土料理を再解釈したもの。本来は白キムチで海鮮や肉を巻いて食べる料理だが、ここでは真鯵、蕪、フロマージュブランを内包し、トマトウォーター、青唐辛子、バジルオイルでまとめている。発酵の穏やかさに、酸と香りを重ねる設計で、キムチという言葉から想像する輪郭を軽やかに裏切ってくる。地域性と現代性が、無理なく同居している。

そして「ヤンニョム白子」。ヤンニョムチキンの発想をそのまま白子に置き換え、揚げの技法でまとめた一皿だ。甘辛のタレと白子のコクが掛け算になり、内臓ならではの濃度が旨味として立ち上がる。大衆的な味の記憶を借りながら、素材の選択で一気に景色を変えてくる。

この流れを受けて登場するのが「カンジャンケジャン」。浅漬けにすることで、醤の主張は穏やかに抑えられ、蟹そのものの甘みと旨味が素直に立ち上がる。濃厚さはあるが、輪郭はあくまでクリア。一般には“ご飯泥棒”と呼ばれる料理だが、ここでは白米にのせ、韓国海苔で包むところまでを含めて、食べ方そのものが整理されている。大衆料理として親しまれてきた構造を、今の感覚で組み替えた一皿だ。

コース後半に置かれるのが、肉と野菜の組み合わせ。ここで示されるのは、焼肉という大衆料理の食べ方そのものの更新だ。「牛骨付きワンカルビ」は、目の前で火を入れる演出から始まる。だが、視覚的な高揚に留めず、仕上げは石焼き。香ばしさはすべて肉に集約され、骨に蓄えられた旨味が立体的に浮かび上がる。甘さやタレで引っ張らず、噛みしめるほどに輪郭が明確になる設計で、カルビという料理の芯を正面から捉えている。

その肉を受け止めるのが「彩り野菜プレート」だ。千葉県産の無農薬野菜を中心に、小松菜、葱キムチ、コチュジャン、トマトなど。野菜や薬味は一つひとつが美しく、配置そのものが機能を語る。味噌ベースのサムジャンがアクセントを作り、包むことで味が完成していく構造。サンチュに象徴される肉を包んで食べる文化を、ここまで整理し、洗練させて提示できるのかと驚かされる。

コースの終盤に据えられるのが「参鶏湯」。ここでは、韓国料理が本来持つ滋養という考え方が、そのまま形になる。用いられるのは、もともと漢方を煎じるための道具であるヤッカンギ。その中で、熟成させた朝鮮人参や鹿の角といった薬膳素材が、時間をかけて引き出されていく。漢方のための道具を、料理のために使う。その選択が、この一杯の性格を端的に表している。スープには確かな厚みがあり、口に運ぶほどに体が理解していく。滋味深いのに、きちんとうまい。

食事の余韻を受け取るかたちで、最後はデザートへと移っていく。主役となるのは、高麗人参を使ったチーズケーキ。薬膳素材として知られる高麗人参の香りを前に出すのではなく、チーズのコクの奥に静かに忍ばせる設計で、甘さはあくまで穏やかだ。

『HASUO』が示しているのは、韓国料理を別物に変えることではない。焼肉も、キムチも、参鶏湯も、すべては記憶の中にある料理だ。ただし、その記憶に甘えない。大衆料理として培われてきた構造を丁寧にほどき、味・温度・順番・所作を組み替えることで、今の感覚にきちんと接続し直している。だから特別なのに、難しくない。体は自然と受け入れ、食べ終えた後には不思議な納得感が残る。韓国料理の「次」を、肩肘張らずに体験できる場所。ご馳走様でした。
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HASUO
050-5596-4101
東京都渋谷区広尾5-10-3 フロストバード広尾 1F
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