冬の『片折』は、今回が初訪問。結論から言えば、これは「蟹の一つのゴール」かもしれない。蟹料理は、突き詰めれば二つの要素に集約される。ひとつは素材。その点において、この店は圧倒的な立地の利を持つ。金沢という土地がもたらす鮮度と質、その時点でアドバンテージは決定的だ。だが、それだけでは終わらない。もうひとつの軸が、技術。素材に寄りかからず、素材を完成形へと導く力。その両輪が、この店には極めて高い次元で備わっている。
その到達点を理解するために、実際の提供順とは関係なく、あえて蟹の料理群から語りたい。
まずは「蟹椀」。ここは、明確に技術のある椀だ。口に含んだ瞬間、まず伝わってくるのは蟹そのものの旨味。その輪郭はくっきりとしており、密度も高い。それでいて重さを感じさせない。真薯は繋ぎの存在をほぼ感じさせず、蟹の身の延長線上にあるかのような口当たりを実現している。ほどけるというより、狙い通りに溶け込む感覚。蟹の旨さを最大値まで引き上げながら、真薯椀として破綻させない。この構成そのものが、この店の技術力の高さをはっきりと示している。

続く「香箱蟹」。ここでも主役は明確だが、扱いは実に端正。内子と外子のコントラストははっきりしていながら、味わいは整っている。まずは蟹酢につけて食べる。甘みが引き立ち、後味がきりっと締まることで、香箱蟹の輪郭がより明確になる。

ひと通り食べ終えたところで、甲羅の中に選んだ出汁を含む。香ばしさと旨味が重なり、さきほどまでの余韻を静かに回収していく。同じ蟹を、順序によってここまで表情を変えさせる。その設計の巧みさに、この店の技術の厚みを感じる。

蟹のラインナップを経て辿り着くのが「蟹のおじや」。加能蟹の味噌を余すことなく使い、身の甘み、出汁の旨味、味噌のコクが自然に重なっていく。段階的に引き出されてきた要素が、この一杯を含めた一連の流れによって立体的につながる。強さも、繊細さも、香りも余韻も。ここまでの蟹の料理群を通して、蟹という素材の魅力が網羅的に表現されていることに気づかされる。

蟹以外の料理に目を向けても、軸は一切ぶれない。
「蕪の風呂吹き」は、火入れと出汁の透明感だけで成立する一皿。出汁がそれを覆い隠すこともなく、蕪の甘みをしっかりと感じさせる。静かな構成だが、情報量は多い。

「鰤」は、ブリだけにシャトーブリアンと呼びたくなる部位。美しいトロの部分で、脂の質がまるで違う。重さを残さず、舌の上ですっと消えていく。魚でここまでの完成度を出すには、素材を見る目と、それを活かし切る技術の両方が必要になる。

「南京豆腐」は、“ん”が付くと縁起が良い、その文化的背景ごと料理に落とし込む。厄除け・魔除けの意味を持つ小豆を忍ばせる。焼き立ての香り、もっちりとした食感。

「鴨」は野生味を残し、血の香りと脂の旨さが共存する。火入れは抑制的で、素材の輪郭を崩さない。

「金沢春菊の白和え」は、香りの強さがそのまま味になる一皿。金沢春菊特有の青さとほろ苦さが、噛んだ瞬間に立ち上がる。白和えの衣は甘さを足すためではなく、香りを受け止め、輪郭を整えるための存在。

「ゼンマイの信田巻き」は、出汁の効かせ方が決定的。珠洲のゼンマイが持つ野性味ある香りと、油揚げのコクを、出汁がしっかりと束ねている。

「吉備団子」は、何かと忙しくなる師走に力をつけてほしいという想いから供される一品。中には鰻を忍ばせ、生姜を効かせることで、身体に必要なエネルギーをしっかりと送り込む。

ここで印象に残るのが、この道具の面白さだ。湯豆腐のためのこの什器は、師匠であるつる幸の親方が使っていたもの。炭を入れて温度を保ちつつ、出汁を常に湯煎できる仕組みになっている。温もりの持続そのものが料理体験につながり、湯気の立ち上がりや時間の流れまでもが味の一部になる。どう食べさせるかという考えが、道具の選択にまで及んでいることがよくわかる。

食事で使っている米は「富山産コシヒカリ」。まず、美味しい白飯があって、

その延長線上に「九絵天丼」

「鰤漬け丼」

「唐墨御飯」

「梅茶漬け」。バリエーションを楽しむ意味で、注文はもちろん全部。中でも梅茶漬けはおこげとともに。香ばしさと酸味、出汁の余韻が重なり、最後まで気持ちよく食べさせてくれる。白飯一つで、こんなに楽しい。

甘味は「雪まろげ」。和菓子で、子どもの雪遊びを表現した一品だという。口に入れるとほろりと崩れ、すっと消えていく。甘さは控えめで、余韻は軽い。食事の流れを断ち切らず、最後までこの店の温度感のまま着地させてくれる。

冬の金沢という土地がもたらす蟹の素晴らしさを、これ以上ない精度で料理に落とし込む。その圧倒的な素材力に寄りかかることなく、技術で輪郭を与え、完成形まで導き切る。その姿勢が、最初から最後まで揺るがない。技巧に溺れず、しかし一切の甘えもない。この時期、この場所で味わう蟹の本質が、ここにはある。人生ベスト。ありがとう。
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片折
076-255-1446
石川県金沢市並木町3-36
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17011166/