神泉の路地、渋谷の喧騒から一歩距離を取った場所に佇む『ess.』。店名は、ラテン語で“本質”を意味する「essentia」に由来するもの。レストランとは、本来、心身を回復させる場所である──そんな原点に立ち返り、穏やかな時間と安らぎを提供することを軸に据えたイタリアンだ。コンクリートと木を基調にした空間は、無機質に寄りすぎることなく、静かでモダンな空気感。この街、この距離感、この静けさが、無理なく溶け込んでいる。

その空気と相性がいいのが、サローネグループで研鑽を積んだ山口シェフのキャリアだ。王道のイタリア料理を土台に、素材の扱い方やソースの組み立て、皿全体のバランスを積み上げてきた料理人。その経験値が、この店の「お客様の心地よさに寄り添う」という思想と、過不足なく重なっている。そして特筆すべきは、その技術をコースに限定せず、アラカルトとしても開いている点だ。順番や量を委ねきる必要はなく、旬の食材を使った料理を、食べたい分だけ選べる。その自由度が、この空間に自然なリズムと居心地の良さをもたらしている。
ちなみに今回は初訪問ということで、まずはコース料理を選択。

スタートは「グリーンオリーブのマリネ」。塩味はきちんとありつつ、オイルと温度で全体がまとまった一皿だ。口の中を整えながら、自然とアルコールに入っていく流れを作ってくれる。食事の立ち上がりとして、ちょうどいい位置づけ。

続く「やま幸より本まぐろのタルタルと凝縮トマトのパーネカラサウ」。トロと赤身を二種類使い分け、脂のコクと鉄分の旨味をレイヤーとして重ねる構成。トマトの酸はしっかりと効いており、薄く焼かれた生地のパリパリとした食感が全体を軽やかにまとめる。食感と温度、味の立体感がはっきりしている。

「丸鉄水産より神経〆鮮魚のカルパッチョ 春菊のグラニテとハーブのサラダ」は、紅まどんなの甘さと春菊の青さ、グラニテの冷たさが交差する一皿。春菊をあえてグラニテにすることで、香りは立たせつつ、口当たりは軽く、温度で輪郭を切る設計になっている。アタックは鮮明だが、後味はすっと引き、余韻だけが静かに残る。

温かい皿では「北海道産白子のフリット 檸檬とお米のソース」。軽い衣で包まれた白子はクリーミーさをしっかり残しつつ、重たさは感じさせない。レモンをきちんと効かせることで、白子のコクに輪郭が生まれ、口の中がだらけない。旭の出汁と米のソースが、その酸を受け止め、イタリアンの文脈に和の旨味を自然に重ねている。

パスタは「オシェトラキャビアと白海老の冷製パスタ」。いわゆるカッペリーニではなく、あえて食感を残したパスタを選び、噛むことで白海老の甘さとキャビアの塩味が立ち上がる設計だ。

続く「熟成メークインとブッラータチーズのラヴィオリ 月光百合根とバターソース」は、2年熟成のメークインの甘みが軸。燻製パルミジャーノが香りと余韻を引き締め、穏やかながら記憶に残る一皿に仕上がっている。

続くパスタは「あか牛のボロネーゼ 手打ちタリアテッレ」。あか牛の旨味を前に出したボロネーゼは、脂に寄りすぎず、肉の輪郭がはっきりと伝わる仕上がり。手打ちのタリアテッレはソースを受け止めるだけの幅とコシがあり、一体感はあるが重たくならない。

メインは「熊本県産あか牛のロースト 鈴木農場よりカリフローレとデュカ」。赤身の旨味を素直に引き出す火入れで、余計な演出はなく、肉そのものの輪郭がはっきりと伝わる一皿だ。付け合わせのカリフローレは食感と甘みのコントラストを担い、デュカのスパイス感が味わいに奥行きを加える。

食後は「ミルクアイス」。ミルクのコクと温度、口溶けの設計が丁寧で、コース全体を静かに着地させる役割を果たす。強い甘さや香りを足さず、最後まで“心身を回復させる”という店の思想を崩さない締めくくりだ。

コースを通して感じたのは、料理そのものの完成度はもちろんだが、この内容をアラカルトでも選べるという事実の価値。この技術、このバランス感覚を、食べたいものだけ、食べたい分だけ楽しめる。その選択肢が用意されていること自体が、『ess.』という店の成熟度を示している。ご馳走様でした。
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ess.
050-5597-5159
東京都渋谷区神泉町13-13 ヒルズ渋谷 B1F
https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13302439/