金沢・木倉町の夜。二軒目として立ち寄った先で、糸が揺れるような幻想的な光景が広がる。天井から降り注ぐ金色の糸のアーチ。その下に佇むのが、今回の目的地『FIL D’OR』だ。店名はフランス語で“金の糸”。その名の通り、空間コンセプトを象徴する素材を大胆に使い、どこか美術館のインスタレーションを思わせる佇まい。席に着く前から世界観が立ち上がり、夜の温度がひとつ変わる。

料理を担うのは、リヨン、モントリオール、ニューヨークと海外で研鑽を積み、2017年に金沢で店を開いた田川真澄シェフ。クラシックの技法を土台にしながら、北陸食材の輪郭を丁寧にすくい上げていくタイプ。奇抜さで驚かせるのではなく、確かな技と安定した構成力でじわじわ満足を積み上げる。二軒目のゆるやかなテンションにも心地よく寄り添う。
最初の一皿は「能登栗しっとりパテドカンパーニュ」。銀色のプレートに切り出されたパテは、断面に能登栗がごろりと顔を出し、視覚からして温度のある佇まい。ナイフで切るとほどよい抵抗があり、口に含めば肉の旨味が静かに広がり、栗の甘みが後ろから寄り添う。粗挽き胡椒がふっと香りを引き締め、キャロットラペの酸がいいリセットになる。こういう定番の皿が素直に美味しい店は、料理全体への信頼が自然と高まる。

続く「レモンとバターのオムレツ」は、特別に出していただいた一皿。厚みのある卵の丘がソースに浸り、スプーンを入れると、半熟よりわずかに進んだ火入れのとろりとした質感が立ち上がる。バターのまろやかなコクが最初の合図を出し、すぐにレモンの酸が輪郭を整え、全体に軽やかな余韻を残す。卵料理の素直な美味しさをきちんと形にした印象だ。

「秋刀魚のパスタ」は、ほぐした秋刀魚がスパゲッティに溶けるように絡み、オイルの艶とともに立ち上がる秋の香りがたまらない。ひと口目から脂の旨味が広がり、皮目のほろ苦さが味を締め、ハーブの香りが後味を整える。塩気のバランスが良いワインを想定した仕上げで、実に安心感のある一皿だ。

締めの甘味は「ババオラム」。シロップをしっかり吸い込んだ円筒形の生地にフォークを入れると、ラムがふわりと香り立つ。外側は軽い張りを残し、中はスポンジがほぐれるような柔らかさ。クリームがラムをやさしく包み込み、柑橘の余韻が後味を整えてくれる。甘さの切れがよく、夜のテンションにするりと馴染む大人のデザート。

ここで頼もしい存在になるのが、店の入り口に据えられたウォークインセラー。客自身がラベルを眺め、造り手を選び、ボトルを手に取る楽しさまで体験として成立している。糸が揺れる空間の中でグラスを傾けると、選んだ一本に今夜の気分がそのまま映り込むようだ。

総括すると、『FIL D’OR』は空間・料理・ワインの三角形がきれいに整う店。味の構成はしっかりしていて、肩肘張らずとも満足がじわりと積み重なる。金沢の夜に、落ち着いた空間でワインを中心にアラカルトを楽しみたい――そんな気分の日には、この金の糸の下を選ぶ理由がはっきりある。ご馳走様でした。
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FIL D’OR
090-9442-1324
石川県金沢市木倉町6-9 2F
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17015250/