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2025.11.28 夜

一本一本が物語になる、金沢の焼鳥@蛤坂 まえかわ

焼鳥・焼きとん

金沢

10000円〜29999円

★★★★★

金沢・蛤坂の中腹、灯りに浮かぶ町家の姿がまず心を掴む。白暖簾の揺れ、木組みの陰影、格子越しの柔らかな光——焼鳥というより、まるで洗練された日本料理の舞台へ向かうような静けさだ。扉に近づくほど空気の密度が高まり、席に着く前から“ここは確実にうまい”と体が直感する。町家の持つ包容力と凛とした緊張感が共存し、料理が始まる前からすでに物語が始まっている。

大将・前川良輝の経歴が、この空気を強固に支えている。1981年石川生まれ。32歳で会社員から料理の道へ転身し、名店・目黒『鳥しき』に飛び込み、一気に二番手へ。さらに渡米し、NY『鳥えん』を任され、焼鳥を海外で伝える立場に。2020年、満を持して地元金沢に戻り、築百年の町家で『蛤坂 まえかわ』を開業。ほどなくミシュラン北陸で一つ星獲得。技・精神・美意識すべてを積み重ねて辿り着いた場所で、焼鳥という枠を超えた表現を始めている。

使用するのは宮崎産の地頭鶏。その力強さが、序盤から一気に花開く。「ささみのサラダ」は、さっと炙ったささみのしっとり感と、噛んだ瞬間にあふれる旨みが香味野菜の清涼感と重なり、軽さの中に確かな存在感を宿す一皿。

「かしわ」はじとっこの本領。コシのある肉質が歯に心地よく跳ね返り、深い旨みとジューシーな脂がゆっくりと広がっていく一本だ。

「せせり」は弾性のある食感に脂の甘みが重なり、柚子胡椒の辛香がスッと芯を通すバランスの妙。

そこへ「新銀杏」が挟まることで、ホクッとした甘みとほろ苦さが口内を整え、次の串への余韻を美しく繋いでいく。

「砂肝」は硬質な歯切れの奥から旨みが静かに滲み、酢橘の鋭い酸が味の輪郭をきゅっと締める、潔い一本。

「エルフランス」は黄身の濃厚さと白身の柔らかいコシが一体となり、炭の香りがふわりとまとわりつく。噛むというより溶けていく感覚の方が近い。

続く「厚揚げ」は修行先へのオマージュを感じさせつつも、外側の香ばしさと内側のふくよかな甘みがこの店らしい空気を纏う仕立て。

そして「レバー」。とろりと舌に広がる甘み、タレの艶やかな重なり、後味の静かなキレ。強弱のつけ方が見事で、コースの流れがさらに深まっていく。

「御椀」は、まず鶏出汁の澄んだ旨みがすっと広がり、その中で真薯がふわりとほどけていく。出汁も具材も鶏だけで組み立てた一椀は、コースの軸が鶏であることを再認識させる。

「椎茸」は肉厚で瑞々しく、噛むたびに旨みがにじみ出る一本。

「ちょうちん」は濃厚さの象徴。黄身の甘さがとろりと舌に広がり、タレの艶がその余韻をやさしく束ねる。

続く「つくね」は金沢らしく川端蓮根を混ぜ込み、シャクッとした蓮根の歯ざわりと鶏のふくよかな旨みが同時に立ち上がる、この店ならではの表現。

そして「手羽先」。皮は香ばしく、噛めば中から熱い肉汁が勢いよくあふれ出す。

締めの最初は「そぼろご飯」。川端蓮根のシャクッとした歯ざわりとニラの香りがそぼろの甘みを軽やかに押し上げ、土地の息遣いがそのまま一碗に落とし込まれている。

続く「親子丼」は、地頭鶏のもも肉となめこを合わせた力強い構成。卵のとろみがふわりと全体を包み込み、噛むたびにじとっこの旨みがじわりと染み出す。そこへきゆずの香りがすっと抜け、濃厚なのに後味は驚くほど軽い。

デザートは「ブランマンジェ」。黒龍——福井が誇る蔵元のやわらかな酒の香りをほんのり纏い、そこへ塩のゼリーと梨が瑞々しい透明感を重ねる。北陸の気配がふっと漂い、食後の空気が一段澄み渡るような締めくくり。最後の一口まで静かで美しい余韻だった。

静けさと緊張感が同居する町家の空間に、地頭鶏の力強さ、日本料理的な美意識、そして金沢という土地の呼吸が折り重なる。一本一本がただの串を超え、物語の一節として立ち上がってくる。『蛤坂 まえかわ』は、焼鳥を素材とした金沢の唯一無二の食文化を確立したと言っていいだろう。ご馳走様でした。

蛤坂 まえかわ
076-220-7011
石川県金沢市野町1-1-9
https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17012585/

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