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2025.10.16 夜

この一皿の向こうに、食の未来がある@CAINOYA

フレンチ

京都市

30000円〜49999円

★★★★★

京都・右京区の静寂の中に潜む『CAINOYA(カイノヤ)』。扉を開けた瞬間、ここが現代のレストランという概念を越えた食の研究所であることを悟る。厨房の中心に立つのは塩澤隆由氏。感性と理性、そして圧倒的な技術をもって、旨味という概念そのものを再構築する料理人だ。科学を使いこなしながら、どこまでも人間的で、情緒的な味を残す。塩澤氏の皿には、論理と感動という二つのベクトルが、美しく交わる瞬間がある。

幕開けを飾る「銀杏 落花生とブッラータ」。倍濃度昆布出汁に鱧の骨、ドライポルチーニ、青唐辛子。そこへ燻した銀杏の香りを重ね、GVP含浸調理で旨味を銀杏の中心へと閉じ込める。香ばしさとまろやかさが重なり合い、秋という季節が凝縮された一口。これが塩澤シェフによる土瓶蒸しの再定義。

「バショウカジキ“秋太郎”のサルティンボッカ」は、分厚く、そして繊細。身の中心には、昆布と白味噌の浸透した旨味の層。九条ネギとジロール茸のソースが深い余韻を描く。丹波黒豆枝豆の皮を乾燥させて取った出汁まで使う執念。技術と思想の両輪が見事に回っている。

「本藤さんのワタリガニとサドルバックトルテッリ」では、塩澤の“挑戦”が顔を出す。海水でスープを引くという、常識を軽々と破ってくる。海と陸、塩と旨味、その境界を越えるような一皿。蟹と豚の組み合わせが、塩の中で柔らかく溶け合う。

「秋刀魚のミルフィーユと超ポルチーニ 秋茄子」。移転前の鹿児島時代から続くCAINOYAの象徴的な皿であり、塩澤の精密な構築力が際立つ。秋刀魚の骨と肝、身を全て再構成し、ゼラチン質で固める。火入れ、酸化、香り、など分子レベルの制御。その結果、秋刀魚という大衆魚が、まるで高貴な素材のように生まれ変わる。

「秋鮭と栗きんとん 乳酸発酵麹バターソース」。この一皿は、旨味が内側から滲み出す構造を持っている。秋鮭の身の中に、ブロードと発酵バターのコクがじんわりと潜り込み、食材そのものが出汁を抱きしめているよう。脂の甘みとバターの芳香が混じり合い、栗きんとんの優しい甘さが秋のぬくもりを添える。静かなのに力強い、旨味の呼吸を感じるような味わいだ。——ここに白いご飯があれば、完璧な“未来の鮭定食”が出来上がるだろう。笑

そして「村沢牛ハラミ」。熾火で焼かれた肉に、倍濃度昆布出汁とハラミの脂から引いたブロードが纏う。肉の奥に海の旨味を感じるという、あり得ない体験。火の強弱、油の香、塩の粒度。すべてが制御され、完璧に構築されている。体が自然と反応してしまう、そんな旨さ。

中盤に置かれた「GARDEN 野菜の八寸」は、塩澤氏の感性がもっとも詩的に現れる皿。昆布とトマトウォーターのエッセンスを浸透させた野菜は、透明な味を纏いながらも、生命の鼓動を感じさせる。動物性の旨味をベースに、野菜が主役に立ち上がる。これは料理ではなく光合成の再現だ。

そして終盤、“CAINOYAのSUSHI”。シャリはトマトのエキスで炊き上げ、13種のヴィネガーで調える。酸味ではなく、調和。スジアラ、マグロ、ヒカリモノ、タカエビ、ウニ——いずれもショックフリーズによって旨味を固定化。伝統的な寿司の枠を超え、構造そのものが再設計されている。握りではなく、概念としての寿司。もはやジャンルの壁は存在しない。

ラストの「洋梨とピスタチオとカカオ」。乳酸発酵した洋梨の穏やかな酸が、ピスタチオの甘みを引き締め、控えめなカカオが香りの陰影をつくる。甘さはあくまで静かに、余韻はすっと消えていく。ここに至るまでのすべての工程を思えば思うほど、この静けさが胸に沁みる。

CAINOYA・塩澤隆由氏の凄みはその先にある。彼が救おうとしているのは、単なる料理ではなく“文化”そのものだ。ショックフリーズという冷凍技術は、フードロスを抑え、食材の命を延ばすだけでなく、労働力不足という社会課題までも射程に入れる。さらに、寿司の世界に受け継がれてきた昆布締めや漬けのような伝統技法を、科学と言語で分解し、再現可能な知として後世へ残そうとしている。感性だけでなく、理論として料理を継承する。それはまさに、“食文化のアップデート”。この場所で生まれているのは、きっと料理だけでなく未来そのものだ。

ご馳走様でした。

CAINOYA
京都府京都市右京区花園土堂町17-3
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260402/26040164/

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