予約困難な店は数あれど、ここまで予約の遠い店が他にあるだろうか。新橋駅前ビルの地下、サラリーマンたちの笑い声と煙が漂う雑多な世界に、ひっそりと暖簾を掲げる『すし処 まさ』。立ち飲み屋や居酒屋が軒を連ねる一角にありながら、その扉をくぐることは決して容易ではない。なにせ一日3席×2回転、つまり6人限定。選ばれし6人のためだけに開かれる鮨劇場だ。ちなみに、そのわずか6人に入るために待った時間は、なんと7年半。笑

最初に予約をしたのは2018年3月。まだ元号は平成だった頃だ。あの時、この日が来ることを想像できただろうか。カウンターに座りながら思う。7年半前の自分は、きっと「次はまだ見ぬ誰かと来るのだろう」と軽い気持ちで笑っていたはずだ。しかし、こうして再びここに立ち戻ると、その時間の重みが胸に響く。あの頃と今とでは、食べるものも、考えることも、共に過ごす人も変わった。それでもこの場所は、変わらずに時を刻み続けている。『すし処 まさ』は、寿司を味わうだけの店ではない。過去の自分と今の自分が出会い、人生の歩みをそっと確かめるための場所なのだ。
大将は九段下の老舗『寿司政』出身。江戸前の伝統を徹底的に守りながら、たった3人の客に全力で挑む。空間は1.82坪。厨房は狭く、火口はひとつしかない。しかし、その制約こそが創意を生む原動力になっている。
「真鯛」は包丁の入れ方で旨味の層を作り、「牡丹海老」は舌の上でとろけるように仕立てる。

「つぶ貝」は柔らかさの中に歯応えを残し、肝がお酒を進ませる。

「メバチマグロ 」のカマトロは鉄板で軽く炙り、脂の香ばしさが立ちのぼる瞬間を楽しめる。

音、香り、艶、そのすべてがこの狭い空間を支配する。途中に出される「湯葉」は、濃厚な豆乳を使った自家製豆腐。茶碗蒸しやお椀の代わりに、静かに流れを整える一品。

ここから握り。まさの真骨頂は、ここから始まる。奇をてらうことなく、ただ江戸前の正統を貫く。その一貫一貫に、長年の修練と誠実な仕事が宿っている。
最初は、はがしの「トロ」。宮城・気仙沼の延縄135.2kg。筋を丁寧に断ち、脂の流れを整える。

続く「アオリイカ」は、隠し包丁を細かく入れ、歯切れと粘りを絶妙に両立。

「小肌」は見事な“編み小肌”。三枚を編み込んだ伝統の仕事で、銀の皮目が光の筋を描く。

「伊佐木」は昆布締めからの炙り。皮目を軽く焦がし、香ばしさと昆布の旨味を重ねる。

「車海老」は伝統の“唐子握り”。身を丸めて尾を立て、愛らしい姿に仕立てる。火入れは見事で、弾力と甘みのバランスが秀逸。見た目の可憐さの奥に、江戸前の格式を感じる一貫。

「イクラ」は小鉢で。粒の張りが見事で、塩の引き算が冴える。

締めは「穴子」。ふっくらと蒸し上げ、仕上げにバーナーで軽く炙る。煮詰めは控えめで、甘さよりも香ばしさが先に立つ。江戸前の流儀を守りながら、素材の素顔を生かす締めくくりだ。

そして最後に、あの分厚い予約帳が姿を見せる。擦り切れた革の表紙、めくれ上がった角、指の跡が無数に刻まれた10年手帳。ページをめくるたびに、びっしりと埋められた名前と日付。

ミトミえもんも、次は誰と来るのだろう。まだ出会っていない誰かか、長年の仲間か。きっとその時も、またこのカウンターで今日を思い出すのだろう。『すし処 まさ』では、寿司を食べるたびに、自分の歩んできた時間を思い出す。ご馳走様でした。
—
すし処 まさ
080-5442-9866
東京都港区新橋2-21-1 新橋駅前ビル2号館 B1F
https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130103/13116511/