2025.08.26 夜 荒木町にひっそりと息づく、蕎麦懐石@松庵 そば 四ツ谷・市ヶ谷・飯田橋 10000円〜29999円 ★★★★☆ 『松庵』は四谷・荒木町の路地裏にひっそりと佇む蕎麦懐石の店。2014年の創業以来、華美さを排し、静かで誠実な空気を守り続けている。料理を担うのは店主ひとり。いわゆるワンオペだが、その姿は慌ただしさとは無縁で、むしろ一皿一皿に向き合う集中力を際立たせている。普段は多くを語らないが、蕎麦や食材について問いかければ、その知識やこだわりに自然と耳を傾けたくなる。 料理は小鉢に始まり、八寸、魚、肉、そして蕎麦と甘味へと続く。懐石らしい流れの中に季節感が織り込まれ、最後に蕎麦で締める構成がこの店らしさを形作っている。 冒頭の「活け蛸と蓴菜」では、蛸の弾力に蓴菜や秋葵のぬめりが寄り添い、自家製梅の酸味と山葵の清涼感が全体を引き締める。夏の風情をきちんと映した一品だ。 「鱧出汁飯蒸し」は意外にも冷製での登場。もち米のふくらみに、鱧の骨から引いた出汁がすっと染み渡る。冷たさが軽やかさを強調しながらも、奥行きのある旨味を感じさせ、夏野菜の瑞々しさとともに心地よい清涼感を与えてくれた。 八寸は「鴨」「鰊」「螺貝」「鱈子」「坊ちゃん南瓜」など多彩な顔ぶれ。特に「活け蛸」の煮付けはふっくらと仕上げられ、噛むほどに旨味がほどけていく。思わず盃を手に取りたくなる味わいだった。 魚料理は「目抜の昆布締め」、 銚子の「鰯」、 北海道の「秋刀魚」を肝醤油で。昆布が引き出す旨味、鰯の脂の甘さ、秋刀魚の濃厚な肝。それぞれの持ち味が素直に伝わる。 「山形牛炭火焼」では赤身の魅力が引き出されている。炭の香りを纏った肉を噛みしめれば、じんわりと旨味が広がる。辛味大根が潔く全体を切り、余韻をすっきりまとめていた。 締めは「十割蕎麦」。茨城の農家が守る原種種子の蕎麦は、むっちりとした食感と香り高さが際立つ。福井・永平寺の在来種は、より素朴で奥行きのある風味が魅力だ。いずれもまずは塩で手繰ることで、粉そのものの香りや味わいがすっと立ち上がる。産地の違いが生む個性を塩のシンプルさで確かめられるのが、この締めの醍醐味だ。 最後に「蕎麦湯」をいただけば、出汁の旨味を再確認するとともに、食事全体がやわらかく収束していく。 甘味は、ココナッツ、ジャージー牛乳、黒糖の3つのジェラート。素材の持ち味を生かした風味がそれぞれに際立ち、口の中を軽やかに洗い流してくれる。食後に重さを残さず、すっきりとした締めくくりとなった。 ひとりで丁寧に紡がれる懐石の流れの中で、最後に蕎麦で余韻を整える。その誠実な仕事ぶりが、静かな満足感を生み出している。落ち着いて食事と向き合いたい夜に、そっと寄り添ってくれる一軒だ。ご馳走様でした。 — 松庵050-5590-6804東京都新宿区荒木町3 北島ビル 1Fhttps://tabelog.com/tokyo/A1309/A130903/13165186/