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2025.08.03 夜

構成力が語る、若き大将の現在地@鮨 陸

寿司

六本木・麻布・広尾

30000円〜49999円

★★★★☆

広尾の住宅街に静かに暖簾を掲げる『鮨 陸』。この一軒がただの新店でない理由、それは大将・戸田陸氏の経歴に凝縮されている。江戸前の名門「日本橋蛎殻町すぎた」で技術と美意識を学び、焼津の「サスエ前田魚店」で魚と向き合い、さらには異国・タイの地で鮨を握ったという異色の背景。この経験が、三十代前半にしてカウンターに立ち、己の世界を握る胆力の源となっているのだろう。

立ち上がりの「もずくと蓴菜の酢の物」から、出汁と酢のコントロールに目を見張る。酸味は丸く、出汁の旨味が土台を支える。蓴菜のとろみ、もずくのぬめりと一体化し、喉を通ったあとに清らかな余韻が残る。ここにすでに料理人としての構成力と繊細な感覚が現れている。

「平目」は、素材そのものの甘味で勝負。厚めに引いた身の旨味が舌に吸い付く。魚を信じ、余計な仕事をしない潔さは、“サスエ”で培った目利きがゆえか。

「鰯巻き」は、すぎた譲りの構成美。葱と生姜の香り、海苔の香ばしさ、軽く締めた鰯の脂。それぞれが輪郭を保ちつつも、鮮やかに調和する。素材を殺さず、整える。あの美意識がそのまま息づいている。

「鮑」では、鮑の柔らかい食感と出汁の旨味が氷の入った器の中で冷たく融合する。塩梅と温度の設計が極めて巧み。

「平貝」は香ばしい焼きで甘味が引き立ち、「牡蠣の味噌漬け」は味噌と熟成が絶妙に調和し、濃厚ながらも過剰ではない。

「鮟肝」には日本酒が合わせられ、その構成にもセンスが光る。濃厚なコクを湛えながらも、脂に頼らない上品な仕上がりで、重たさの中に明確な設計が感じられる。酒肴の中でも、すぎたのエッセンスを色濃く感じる一皿だった。

そして「鮎の塩焼き」。レアな火入れ、完璧に処理された骨、パリッと香ばしい皮目。内臓の苦味すら味の一部として機能しており、香り、塩気、食感、そのすべてが高次元で噛み合う。生涯レベルの鮎と言っても大袈裟ではない。

そして、握りへ。シャリは米酢を主体とした設計。穏やかな酸味と丸みのある塩加減で、ネタの輪郭を優しく包み込む。粒立ちは立ちすぎず、指の温度にふわりとほぐれる絶妙な加減。赤酢の強さではなく、米酢の柔らかさを選んだその判断に、戸田氏の寄り添う鮨の美学がにじむ。

「新子」は穏やかな締めとシャリの柔らかな酸味が一体となり、静かに鮨の世界へと誘う。

「真魚鰹」は脂がしっとりと舌に広がり、香り高い後味。

「石垣貝」はシャクッとした歯切れと香りが抜群。

「春子鯛」は上品な淡さの中に包丁の技が光り、

「鱶鰭の揚げ物」は寿司屋の常識を軽やかに裏切る遊び心。衣の軽さ、黒胡椒塩のアクセント、すべてを狙ってやっている。

「中トロ」は脂としゃりが滑らかに溶け合い、

「漬け」は赤身の香りと酸味が艶やかに立ち上がる。

「金目鯛の煮付け」はふっくらと煮上げた身に山椒が香り、料理としての深みを加える。

「鯵」は香りの設計と薬味とのバランスが素晴らしく、

「車海老」は火入れの妙が活きた甘味と香ばしさ。

「雲丹」は濃密でいて、澄み切った旨味が舌に広がる。

そして「鰻」。本来の穴子を引っ込めた潔い判断のもとに供された一貫だが、その出来がまた凄い。皮目の香ばしさ、脂のしっとり感、控えめなタレ。これは素晴らしい代打だ。

最後の「玉子」と

「蕨餅」まで隙がなく、甘味の設計にまで一本の芯が通っている。

江戸前の美意識。魚屋としての直感。料理人としての構成力。そのすべてを、三十代前半にして一人で背負い、握りきる胆力。素材に対しても、自分自身に対しても、迷いがない。その姿勢こそが『鮨 陸』という店の背骨なのだろう。これからの東京寿司界において、その名が自然と語られる日も近いだろう。

ご馳走様でした。

鮨 陸
070-8361-8161
東京都渋谷区広尾5-13-6 ARISTO広尾ビル 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130703/13301089/

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