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2025.05.06 夜

足し算の美学。@ 龍吟

日本料理

銀座・新橋・有楽町

50000円〜

★★★★☆

東京日比谷ミッドタウン、その奥まった一角に佇むのは、ミシュラン三つ星の名を十年以上にわたって守り抜く名店『龍吟』。専用のエレベーターを降りた先、飲食フロアの外に“たった一軒だけ”存在するその姿は、すでに料理の一部であるかのように特別だ。そこにあるのは、和食の伝統と革新が交差する空間。そして、山本征治という料理人の思想が色濃くにじむ舞台。

この店が提示する日本料理は、一般に語られる引き算の美学とは、異なる立ち位置にある。不要な味や雑味をそぎ落とし、素材の本質を際立たせる──それが和食の根幹であることに異論はない。だが『龍吟』は、そこに、あえて重ねることで、さらなる奥行きや広がりを生み出そうとする。香りを足し、食感を重ね、味の層を積み上げていく。素材を生かすための“もう一手”。その手数の中に、山本征治シェフの思想が宿っている。

冒頭を飾るのは、梅で炊いた桃の入った「茶碗蒸し」。やわらかな酸味がじんわりと広がるそのひと匙は、空腹にそっと火をつけるスイッチ。余白のある蒸し地に、甘やかな酸が差し込まれ、確かな第一声を響かせる。

「大蛤」の天ぷらと蛤汁
茨城県産の「大蛤」を使った天ぷらは、サクッと軽い衣をまといながら、かじると中から貝の旨味が圧倒的にあふれ出す一皿。添えられた花山椒、海苔、山葵といった緑の三味が、それぞれ異なるトーンで香りや刺激を加えつつも、主役を一切邪魔しないバランス感。ギリギリまで煮詰められた蛤汁は、ひと口で口中に出汁の密度が広がる飲む旨味。2つのアプローチで蛤の最大化を実現した一皿。

「飯蛸」と「ヤングコーン」
明石の「飯蛸」は、柔らかさと弾力の絶妙な火入れで仕上げられ、じんわりと旨味が広がる。添えられたヤングコーンは実だけでなく髭も提供されており、むしろ香ばしく火入れされた髭のほうが印象に残るほど。涼しげな見た目に反して、味わいには厚みがあり、春から初夏へと移ろう季節感をそのまま一皿に落とし込んでいる。

「蛍烏賊」の炭火焼
富山湾で水揚げされた「蛍烏賊」を一匹ずつ炭火で焼き上げるという丁寧な調理。足元には香ばしい焦げ目がつき、胴体はとろけるような半生状態を保つことで、焼きのコントラストを楽しませる。器にもホタルイカの意匠が施されており、視覚的にも命への敬意がにじむ。

「筍真薯」と「すっぽん」
パインで育ったという沖縄の「すっぽん」は、クセのない澄んだ旨味をたたえ、シャキッとした筍の真薯とともに春の香りをまとった吸い地の中で浮かび上がる。椀全体には、桜餅を思わせるような桜葉の香りが移り、まるで和菓子のような構成美を成している。甘やかで香ばしい香りと出汁の旨味、食感のコントラストがひとつの椀に収まっており、春の記憶を静かに呼び起こす。香りで始まり、香りで終わる、挑戦的な一碗。

「鬼虎魚」の龍吟仕立て
明石から届いた「鬼虎魚」は、食感を主軸に構成された一皿。ぶりんと跳ね返すような筋肉質な白身は、あえて薄造りにせず厚切りで供され、魚の力強さを前面に打ち出す。温かいポン酢、塩ダレと薬味、醤油という三種のタレが、それぞれ異なるベクトルから素材の旨味を引き出すが、皮や内臓と供されたポン酢の設計も秀逸で、熱を加えることで旨味がふくらむ。漁師料理のような顔をしつつも、隅々に美意識と技術が宿る。

「初鰹」 松の実オイル 行者にんにく
千葉産の「初鰹」は、藁焼きで香ばしい薫香を纏わせ、しっとりとした身の中心には鰹本来の旨味がしっかりと残されている。そこに重ねるのは行者にんにくの強い香りと、松の実のコクある油脂。さらに揚げは葱がパリパリとした食感を与え、香り・味・食感の多層的な構成を作り上げている。それぞれの要素は強く主張しながらも、全体として調和し、鰹という素材を押し上げるような設計がなされている。

「阿波女」と春菜尽くし
淡路島産の「あわび=阿波女」はふっくらと火入れされ、その上からたっぷりとかけられる濃厚な肝ソースが、皿全体の風景を一変させる。添えられるホワイトアスパラやそら豆、キャベツといった春野菜たちは、それぞれの瑞々しさと甘みを保ちながら、ソースと交わって一体化していく。肝の濃度と野菜の軽やかさの交差により、素材を主役にも脇役にもせず、互いに高め合う構成に。食材と技術の両輪が走る、見事なバランスの料理。

「若竹鍋」 宮城塩釜“サガスさえずり”
春の情景がそのまま鍋になったかのような、香り立つ一品。主役となる「若竹」のやさしい歯触りと清らかな香りに加え、クジラの舌「さえずり」がとろけるような食感で旨味の厚みを加える。さらにフカヒレまでもが加わり、贅沢の極みとも言える布陣。出汁は鰹と昆布をベースにした澄んだ設計で、木の芽の香りが全体を春らしく引き締める。異なる素材がひとつの鍋で交差し、互いの滋味を高め合うその構成には、季節と構成力の詩情がにじんでいた。

大井川 幻の“No.46 共水うなぎ” × 赤茄子
“幻”の名を持つ「共水うなぎ」は、その脂に真価が宿る。熱々の状態で供され、口に入れた瞬間にとろけるような脂が広がるが、不思議と重たさを感じさせないのは、見事な火入れの妙だろう。下に敷かれた「赤茄子」の天ぷらは、香ばしくも甘く、まるでおこげのような存在感で、うなぎの脂をやわらかく受け止める。さらに散らされた「花山椒」が全体を鮮やかに締めくくり、甘み、香ばしさ、痺れが調和する、官能と節度の共演だった。

静岡“プチルージュ”とハチミツレモンのジュレ
口に含んだ瞬間、粒ごと弾けるような果実のリズムを感じさせる「プチルージュ」。その軽やかな酸味と甘みを包み込むように、ハチミツレモンのジュレが寄り添い、優しいコントラストを生んでいる。過度な装飾はなく、素材そのものの輪郭を際立たせる設計で、グラスの中に広がるのは清らかな余韻の世界。濃厚な皿が続いた後の“中休み”として、軽さと清涼感を届ける構成が秀逸で、次の展開を予感させる静かな転調となっていた。

愛知県産の“恵鴨” モリーユ茸と木の芽味噌
愛知県から届いた「恵鴨」は、しっかりとした肉付きながら驚くほどやわらかく、脂の質も上品で、噛むたびに穏やかに旨味がにじみ出る。モリーユ茸はトリュフのような強く香りを放ち、鴨の旨味と重なっていく。さらに、木の芽味噌をまとわせた「村越筍」が添えられ、春のほろ苦さを響かせながら皿を締めくくる。

桜鯛の土鍋ご飯と香の物
コースの締めに供されるのは、春を告げる「桜鯛」の土鍋ご飯。ふくよかな身の旨味は言わずもがなだが、皮目を香ばしくパリッと焼き上げた部分が、まるでおこげのような存在感を放ち、食感と香りで全体の印象を底上げする。

さらに添えられる香の物も印象的で、ザーサイやハーブ、花をあしらった彩り豊かな構成にモダンな感性が宿る。定番の鯛めしという枠組みの中で、細部に遊び心と更新性が感じられる、まさに龍吟らしいひと皿。

龍吟ラーメン 鴨葱仕立て
終盤に登場するのは、シンプルながら忘れがたい「龍吟ラーメン」。主役となるのは「鴨」の出汁。透明感のあるスープには、じんわりと鴨の旨味が染み出しており、そこに香ばしく焼かれた葱が添えられることで、古典的な「鴨葱」の組み合わせを現代的に再構築している。麺は細めで、スープをしっかりと拾い上げ、全体の軽やかさに貢献。滋味の設計で構成されたこの一杯が、コースの着地として心に残る。

苺一笑 ICHIGOICHIE
遊び心あふれるデザートの序章は、炙って楽しむ「苺串」。炭火の熱で果肉の香りが立ち上り、ほんのりスモーキーな香ばしさが甘みに重なる体験は、まさに“いちごの魔法”。続くグラスの中には、泡のように軽やかな苺のスムージー。味だけでなく体験そのものがデザートになる構成は、エンターテインメントと美意識の見事な融合だった。

菴羅(あんら)— マンゴーの和解釈
「マンゴー」という熱帯果実に、和の文脈をまとわせた龍吟流の“果実の再構築”。冷たい球体には果肉の甘みと氷菓の清涼が同居し、色彩の美しさがまるで漆器の上に置かれた宝石のよう。対となる温かい皿にはとろける果肉と白いミルキーなソースが広がり、温度・質感・色調のすべてが正反対の要素を演出する。冷と温、洋と和、甘みと余韻。その二面性が、まるで二つの季節を旅するような感覚を呼び起こす、締めの“甘露”。

『龍吟』は、日本料理の伝統をなぞる店ではない。出汁と素材で語る和食の形式に、「重ねる」という発想を持ち込んだその料理は、むしろ挑戦的だ。香りを足し、油脂を重ね、火入れを操る。その手数のひとつひとつが、味だけじゃなく“構造”をつくっていく。だからこそ、世界はこの料理に目を奪われる。三つ星を守り続けているのも、格式じゃなく革新によって。それが、今の龍吟であり、山本征治という料理人の立ち位置だ。引き算の美学ではなく、足し算の美学。ご馳走様です。

龍吟
03-6630-0007
東京都千代田区有楽町1-1-2 ミッドタウン日比谷 7F
https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13001457/

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