北新地のグルメビル、その上層階に構える『ぬま田』は、予約困難の天ぷら屋として知られる存在だ。だが、この人気を単なる話題性として片付けるのは早計で、真に特筆すべきは、揚げの技術と素材に対するこだわりの深さにある。天ぷらという形式を借りながら、その枠をさりげなく超えていく一皿一皿に、この店の芯がある。

象徴的なのは、熊本・天草から届く「車海老」。一尾目は咲いたように華やかな姿で、衣の中にぷりっとした甘味を閉じ込め、

二尾目は対照的にレア寄りに火を入れ、しっとりとした甘さと香ばしさのバランスで魅せる。

頭は別揚げにされ、香りと旨味を凝縮。この三様の表現を通して、揚げという技術を視覚的にも味覚的にも明快にプレゼンテーションしている。

「筍」もまた印象的だ。

福岡・合馬産。刺身で供されると、わずかに残るえぐみが春の野性味を感じさせるが、揚げることで驚くほど香ばしく、甘やかに変化する。下茹でをせず、油でアクを抜くという逆転の技法。二品目は煮詰めた天つゆで味を変え、ひとつの素材に二つの顔を与えている。

「九絵」は“寝かせたような”ジューシーさを持つが、実際はまったくのフレッシュ。アク抜きすら行わず、そのまま揚げることで香ばしさと旨味を引き出す。素材への理解と火入れへの自信がなければ成立しない、まさに天ぷら職人の真骨頂だ。

細部に宿るこだわりも、味わいの静かな支柱となる。「白魚の大葉巻き」は、尾も頭もあえて落とされて登場する。その理由は、香りの制御。姿よりも味の純度を優先し、大葉の清涼感と白魚の柔らかい旨味とを見事に重ねる。熊本出身の料理人による、地元食材への目配せも嬉しい。

「車海老」や「苺」など、さりげなくも地縁を感じる素材の登場が、この店に小さな必然を与えている。そして、それらを支えるのが大阪・能勢町の名水。声高に語られることはないが、天ぷらという料理においては、水もまた味を決定づける重要な要素となる。

技と素材の両輪が揃っているからこそ、料理のどれもが軽やかで、華やかだ。そのラインナップをご覧いただこう。
「蛤の飯蒸し」千葉県産の蛤の香りが粒立つ米にしっとりと染み込み、出汁の余韻が美しい。

「渡蟹」低温で火を入れた内子やパウダー状の味噌とともに供され、構成力の高さが光る。

「空豆」は指宿産。衣は極薄で、豆の青みと甘さを際立たせる。

「鱚」は三日寝かせて旨味を凝縮、骨煎餅の食感も心地よい。

「タラの芽」は天然物のほろ苦さと香ばしさが春の始まりを告げる。

「帆立」は繊維に沿った包丁仕事により、噛むごとに旨味がにじみ出る。

「アスパラガス」みずみずしさが際立ち、軸の部分を別で仕立て直す丁寧さが伝わる。

「行者大蒜」強い香りとシャキッとした食感で、食中のリズムを整える。

「春子鯛」ふっくらと蒸したような身に仕上げられ、火入れの精度の高さを再確認させる。

「山芋素麺」は口をさっぱりと整える中休めとして機能。

「レッドムーン」十ヶ月熟成された芋のねっとりとした甘みが、口中で静かにほどけていく。

そして、怒涛の締めタイム。「白御飯」は合鴨農法で育てられた米を使用。

締めには「卵かけご飯」「天丼」「天むす」の三種が用意され、どれを選んでも余韻にふさわしい。「卵かけご飯」は三段階で味わう構成で、まずは卵の天ぷらをそのまま乗せて香ばしさを楽しみ、

次に卵黄を割ってまろやかに。

最後は天ぷらを追加し、油の旨味と食感の変化で締めくくる。

「天丼」は天ぷらの香りと出汁の輪郭が際立ち、しっかりと満足感のある一杯。

「天むす」はミニサイズで食べやすく、海老天の旨味がぎゅっと詰まった、粋な締めとして嬉しい存在だ。

料理の量は決して少なくないが、不思議と胃が重たくならない。火入れと油切りの確かさ、そして温度とリズムに支えられた構成力。そこに誇張や過剰はなく、料理が咲くように美しいのは、そのすべてが正しく機能しているからだ。咲いているのは素材ではない。技が素材を咲かせているのである。ぬま田の魅力とは、その静かな凄みに他ならない。
ご馳走様でした。
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ぬま田
06-6347-0707
大阪府大阪市北区曽根崎新地1-10-2 北新地プレイス 7F
https://tabelog.com/osaka/A2701/A270101/27119864/