東京・代々木上原、秘密の扉を開けると、そこには五感すべてを奪われる“アート”の世界が待っている。
その世界の名は、『été』。

記憶に残る鮮烈な時間が広がる場所。指揮を執るのは庄司夏子シェフ。2020年「アジア・ベスト・パティシエ」に選ばれた世界が認めた才能だが、彼女の料理は肩書き以上に圧倒的。構成力、素材、そして美意識。そのすべてが独自の言語で表現されている。美味しいには、美しいの文字が含まれるが、étéはその言葉を体現する場所だ。

コースの序章は「雲丹のタルト」。ウニをスパイスでマリネし、金華ハムと塩漬け卵黄を重ね、サブレ生地に載せる。かつてタルトで世界に挑んだ庄司シェフの原点を、解体と再構築によって“はじまり”の一皿に仕立てたもの。スペシャリテへの記憶が、フルコースの起点になる。

続いての冷前菜は、料理が花の一部になったようなシルエットで登場する。レモンをくり抜いた器の中には、鰹にガスパチョとバジルのソース。その器の上には、やはり花を咲かせたようなビジュアルを文旦で作り出す。柑橘の香りが弾け、黄色の花々がその世界観を視覚にまで押し広げる。香りが舞い、味が踊る。華やかなでドラマチック。

贅を極めながらも、どこか凛とした佇まいの「キャビアと金箔の一皿」。びっしりと敷き詰められたキャビアの上には、煌びやかな金箔が輝きを増幅させる。その下には牛のタルタルと新玉ねぎ。贅沢ではなく、祝祭。食べるという行為そのものが特別に感じられる。

そこに添えられる「ハッシュブラウン」がまた面白い。カジュアルな装いの中に、カリッと香ばしく揚がったじゃがいもの滋味がぎっしり詰まっている。エスプリの効いたスナック。ストリートなのに、エレガント。

焼きたての「ブリオッシュ」ももはや料理の1つ。ふんわりと甘く温かいブリオッシュに、アーモンドをあしらったバターを添えて。構成は極めてシンプルだが、ここにも庄司シェフの感性と技術が凝縮されている。

「鮑と筍」の料理は整列した鮑の美しさに目が奪われる。その下には濃厚な鮑の肝ソース、土台には春の香りのする筍が重ねられ、食材が濃淡を奏で、野趣と繊細さを共存させる。静かな迫力。

旨みがたっぷりとのった「赤ムツ」の上には、柑橘たちが酸味と甘みを作り、火入れの妙と柑橘のリズムを楽しませる。ソースにはフィンガーライムが参加しており、爽やかさと華やかさを作り出します。

「白子のパイ包み」では、パイを割ると現れる美しい断面が印象的。中心には白子、周囲にはほうれん草、仕上げに香り高い黒トリュフ。クラシックの技法に未来を重ねた、構築美のような一品。

「蟹と菜の花のリゾット」は、春の香りに満ちた、やさしい温度感。蟹の甘さ、菜の花の苦味、オリーブオイルの香り。それぞれの味がまろやかに溶け合い、ひと皿の中に春の風景が広がる。

デザートには「抹茶のアイス 金箔添え」。抹茶の濃厚な苦みと旨みに、カリカリの食感。ふわりと舞う金箔が、余韻にまで祝祭感を添える。終わりのようで、また始まりを予感させるフィナーレ。

そして、最後に現れるのが「フルール・ド・エテ」。マンゴーの果肉を一枚ずつ花びらに見立て、バラのかたちに仕立てたスペシャリテ。数えきれぬほどの薔薇に囲まれて登場するその姿は、ただのデザートではなく、記憶そのものになる一皿。美味しいには、美しいがある──その本質を、この一輪がすべて物語っていた。

étéの料理は、もはや“体験”だ。素材を彫刻のように削り、香りを旋律のように重ね、皿の上に物語を描く。空間、器、サービス。すべてが彼女の美学と連動している。アートと料理の境界線を優しくなぞりながら、美味しいのその先へ。
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ete
東京都渋谷区西原3-23-1
https://tabelog.com/tokyo/A1318/A131811/13249143/