美食の都・香港をそのまま切り取ったような一軒『港式料理 鴻禧』。

ここには、日本の中華料理店ではなかなか味わえない、現地の空気感がある。料理だけでなく、食文化や食材の背景までも伝えるスタイル。乾物が並ぶ厨房、食材を見せる演出、香港の空気感すら感じさせるリアリティ。食べる前から、すでに“本物”の説得力が漂っている。そして、ここで腕を振るうシェフもまた本物の一人。名門「福臨門」出身、さらに惜しまれつつ閉店した「サウスラボ 南方」腕を振るった経験を持つ。その技術と哲学が、この新たな舞台で存分に発揮されているのだ。香港料理の神髄を知る者が、日本で再びその腕を振るう。この背景だけで、期待値は一気に跳ね上がる。

料理は挨拶代わりの、「鴻禧XO醤」からスタート。
店名を冠した特製XO醤は、一口食べた瞬間にその格の違いがわかる。干し貝柱や金華ハムの旨味が凝縮され、辛みは控えめながらも、舌の上でじんわり広がる深いコク。これだけでご飯が無限に進む。食べ終わったら、わんこそば状態でおかわりしてくれる。一生食べられるだけに、ペース配分を間違えそうになる。笑

運気を上げる一皿「風山水起」。広東料理には、食を楽しむだけでなく、縁起を担ぐ文化もある。その象徴ともいえる料理。広東風の刺身で、シェフが何やら唱えながら全体を混ぜる。聞けば「運気を上げていけ!」という意味だそう。

ふぐを主役に、カシューナッツ、春巻きの皮、パクチー、大根、長葱などが絶妙に絡み合い、食感のバリエーションも楽しい。

松阪豚の「蜜汁叉焼」。チャーシューといえば香港式が至高。その中でも、ここでいただいた松阪豚の叉焼は別格。しっとりジューシーな肉質に、甘く香ばしい蜜汁の照り。出来立てにこだわるという話を聞いたが、まさに考えうる限りのベストコンディションで供される。

薬膳の奥深さを感じる「虫草花紅棗燉金龍肚」。浮袋を使った漢方スープ。魚の浮袋は、日本ではあまり馴染みがないが、香港では高級食材の一つ。つるんとした食感はまるでコラーゲンたっぷりで、まるでフカヒレのような味わい。スープには、バラマンディ、サナギタケなどが加わり、じっくりと煮出された上湯の奥深さが体に染み渡る。

ご飯と共にいただきたい「清蒸紅石斑」。広東料理の真骨頂、蒸し魚。アズキハタを丸ごと一匹、シンプルに蒸し上げたもの。ふわっとした白身に、上湯と醤油の旨味が絡み合う。

ここで登場するのが白米。シンプルだからこそ、ご飯と一緒に食べたくなる。こういうところに、料理の流れの良さを感じる。

香港屋台の味「和牛煲仔飯」。日本の牛丼とは一線を画す、香港風の土鍋ご飯。

バスマティライスの上に、和牛の肉塊がドンと乗る。これは、まるでハンバーグのような存在感。土鍋の底には、おこげが香ばしく張り付き、これを崩しながら混ぜて食べるのが最高の楽しみ方。屋台飯なんだとか。

香港麺の奥深さ「鮮蝦雲吞麺」。締めは海老ワンタンメン。スープは、鶏、豚、金華ハムから取った上湯。塩すら加えず、素材の旨味だけで成立するシンプルな味わい。それでいて、驚くほどに奥行きがある。車海老をたっぷり包み込んだワンタンは、プリプリとした弾力があり、口の中で弾けるような食感。

甘いものも、もちろん本場仕込み。デザートは「楊枝甘露」と「酥皮蛋撻」。香港スイーツの定番とも言える2品。前者は、マンゴーの濃厚な甘みと、タピオカのプチプチ感、柑橘の酸味が織りなす爽やかな一杯。

後者は、サクサクのパイ生地にとろけるカスタードが詰まった、香港式エッグタルト。どちらも完成度が高い。

食材、技法、流れ、どれを取っても、広東料理の真髄が詰まった一軒。シンプルな料理が多いが、ひとつひとつの深みが違う。それは、ただ伝統をなぞるのではなく、香港の本質をそのまま持ち込んでいるからこそ生まれる味わい。料理に派手な演出はない。しかし、一口ごとに感じる滋味深さが、シェフの積み重ねてきた技術と経験の重みを物語る。香港の食文化をただ再現するのではなく、日本の地でどう昇華させるか。その問いに、答えを出し続けている店なのだろう。ご馳走様でした。
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港式料理 鴻禧
03-6268-8863
東京都港区西新橋2-13-6 ミタニビル 1F
https://tabelog.com/tokyo/A1308/A130802/13274319/