記憶に残る食体験とは何か?
それは単に美味しいだけではない。そこには哲学があり、物語があり、そして社会的な役割がある。名古屋の『レミニセンス』は、まさにそれを体現するレストランだ。2016年のオープン以来、名古屋のガストロノミーシーンを牽引し、2023年の移転によってさらなる進化を遂げた。空間はより洗練され、コースはよりドラマティックに。しかし、根底にあるものは変わらない。「食を通して何を伝えるのか?」その問いに対する、葛原将季シェフの答えがここにある。

このプレゼンを行うにふさわしいだけの経歴も持つ。東の「カンテサンス」と西の「ハジメ」という、日本を代表する三ツ星フレンチで研鑽を積み、30歳の若さで自身の店を構えた。さらには、老舗鰻店「あつた蓬莱軒」での経験も。フレンチの最先端で磨いた技術に、名古屋の食文化への深い理解が重なる。つまり、『レミニセンス』は単なるフレンチではなく、地元の文化を昇華させたガストロノミーなのだ。
この店では、料理が単なる「皿」ではなく、社会とつながるメディアになる。東海地区の生産者や名店と協力し、その技術をフレンチの文脈で表現する。岐阜の名パン屋「トランブルー」、焼津の「サスエ前田魚店」。さらに、障害者が育てた「愛ふぁーむプロジェクト」の野菜が、一皿の主役となる。地産地消の域を超え、食材を通じて人と人をつなげる。それが『レミニセンス』の料理だ。
「雲丹」
北海道産の生雲丹。余韻がテーマの一皿。海苔の風味との組み合わせで、口の中に長く続く旨味の波。そしてそこに毛蟹が加わり、さらに奥行きが生まれる。余韻が幾重にも重なり、飲み込んだ後ですら味が続いていく。

「赤座海老」
沼津産の赤座海老をレアに火入れし、キャビアの塩気、カリッとしたクルトン、山芋のサラダ、フェンネルのソースと組み合わせる。ねっとりとした食感と、クルトンのザクザク感。温度差と食感のコントラストが、さらに赤座海老の濃密な甘さを引き立てる。

「白子」
鱈の白子をキャッサバをまとわせて焼き上げる。表面はカリッと、中はとろけるようなクリーミーさ。キャベツの千切りソテーが甘みを加え、白子由来のソースが全体を包み込む。トリュフの芳醇な香り、柚子ジャムの爽やかさ。このバランス感覚が見事。

「牡蠣」
3時間オイルでボイルした牡蠣。茄子と合わせ、とうもろこしの衣で揚げ焼きに。海苔の香りがアクセントとなり、さらに牡蠣の貝柱のフリット、マッシュルームのクリーム、フロマージュブランのクリームが、一口ごとに異なる表情を見せる。

「サスエ」
焼津のサスエ前田魚店から仕入れた金目鯛。海老の真薯で巻き、ほうれん草とともにパイ包みに。バターのリッチな香りをまとったソースが、ワインのムルソーと抜群の相性を見せる。仕入れの段階から、すでにこの一皿は始まっている。

「天岩戸」
名古屋コーチンの鶏油の上に、昆布と塩のみで調味した鶏出汁のスープ。シェフ自ら伊勢までご神水を汲みに行くという、執念の一杯。その情景が浮かぶような、神聖なまでの透明感。

「鰻」
レミニセンスのスペシャリテ、三河一色産の鰻。炭火で白焼きにし、大葉や白身魚、肝のフリットをなめろう仕立てにした付け合わせとともに。定番のわさびに加え、赤ワインやブルーチーズのソースを添え、フレンチの文脈で再構築。

「小鳩」
そして、この夜最大の衝撃。小鳩の火入れ。胸肉にナイフを入れた瞬間、肉の繊維がほろりと崩れる。しっとり、でもない。柔らかい、でもない。まるで絹を裂くような、未知の食感。これは、火入れの常識を覆す。さらに、骨付き、砂肝、心臓といった部位も加え、鳩という食材の可能性を存分に味わわせてくれる。

「農福」
障害者が育てたという愛ふぁーむプロジェクトの野菜をサラダ仕立てに。アンチョビとニンニクのアクセントを効かせることで、ただのサラダではなく、しっかりと一皿の主役として成立させている。

「天使音メロン」
アイス、シャーベット、フレッシュと、異なるテクスチャーで構成されたメロンのデザート。ひと口ごとに変わる食感が楽しい。

「寒熟苺」
寒さの中で甘みを蓄えた苺を、ギモーヴやカスタードクリーム、チョコのスフレとともに。シンプルながら、苺そのもののポテンシャルを最大限に引き出したデザート。

「茶菓子」
子供の頃の記憶を呼び起こす遊び心満載のラインナップ。綿菓子、カントリーマアム、雪見だいふく、パイの実。これらを本気で仕上げるのが、この店の面白さだ。

美味しいだけでは、記憶には残らない。『レミニセンス』の料理が特別なのは、それが食材の魅力を超え、物語を持つからだ。名古屋コーチンの鶏油には、伊勢のご神水が宿る。三河一色の鰻には、フレンチの革新が重なる。障害者が育てた野菜には、人と社会をつなぐメッセージが込められている。ただのフレンチではなく、ここにあるのは「意味のある一皿」。そしてその一皿が、食べる人の記憶の中で新たな物語を紡ぐ。
ここでの食事は、目の前の皿だけで完結しない。ひと口食べるごとに、シェフの哲学、生産者の情熱、地域の文化が立ち上がる。そして、それが記憶の奥深くに刻まれていく。時間が経つほどに思い出し、その意味を噛みしめる。『レミニセンス』とは、まさにそういう場所だ。料理が終わっても、物語は終わらない。余韻とともに記憶に残る、それが本当の「食体験」なのだろう。ご馳走様でした。
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レミニセンス
052-228-8337
愛知県名古屋市東区筒井3-18-3
https://tabelog.com/aichi/A2301/A230106/23085308/