滋賀県の郷土料理である、鮒寿司。琵琶湖産のニゴロブナを塩漬けにした後にご飯と重ねて発酵した保存食のこと。現存する最古の寿司と呼ばれておりますが、その歴史は奈良時代にまで遡ると言われております。今回は鮒寿司文化の担い手の一人を紹介してまいりましょう。江戸時代から続く鮒寿司の老舗「魚治」の7代目にして、現在の『湖里庵』の店主である左嵜謙祐氏がその人。

しかも、ただ文化を受け継ぐのではなく、オリジナリティを追求して、鮒寿司の新しい可能性を提案し続けます。現状維持は衰退、進化こそが継続の鍵ですからね。

これを象徴する料理が「鮒寿司のパスタ」だ。鮒寿司は和風のチーズと呼ばれる代物であり、確かにこれとパスタの組み合わせは間違いない。塩気を十分に含んでいることも効果的。鮒寿司は珍味的なイメージも強ければ、その香りの強さに嫌厭する人も少なくないが、エントリー層でも楽しめる鮒寿司料理を完成させております。

「鮒寿司餅」も面白い。まるで唐墨餅のようなアウトプットだが、同じようにその濃厚な味わいを餅がいい意味でクッションを務めてくれます。京都の嵐山吉兆で長く料理修行をしたそうだが、その経験も大きな財産になっていることが伝わります。

最後の「鮒寿司茶漬け」からも同じベクトルを感じます。熟成されたコクのある酸味が、出汁の中に溶け出して食欲のそそるものに。ちなみに、このお茶漬けは漫画の美味しんぼでも紹介された名物の1つでございます。

鮒寿司ばかりではなく、琵琶湖の恵みもコースに彩りを作ります。この時期であれば名残の本もろこ、走りの鮎などが楽しめます。さっそくコースの内容をご紹介してまいりましょう。
「先付」
本もろこの南蛮漬け。名残のもろこの雌は卵入り。南蛮漬けの酸味が上品できっちりもろこを主役に仕立てます。

「八寸」
田植えを終えた後のそぶ(泥)落としの際に柏の葉に包んで食べことに由来する、八寸。やはり目を引くのは鮒寿司で、魚治がこだわる2年熟成のとも和えが強烈なインパクト。氷魚の土佐酢和えや若鮎の木の芽炊きなど、琵琶湖の恵みも散りばめられます。

「御椀」
鯉に似ているから似鯉。別名、鮮度が早すぎるが故に京都人が知らないということで、京知らずとも呼ばれているそう。ふっくらふわふわなテクスチャーで旨味もかなり強い。本来小骨が多いそうなんで、丁寧な処理を施しているのでしょう。これ、めちゃくちゃ美味いっす。

「御造」
鮒の刺身。プチプチと食感が際立つ卵をまぶしたアウトプットが新しい表現に見えたが、実は伝統料理の1つらしい。鮒自体は寝かせてねっとりとした味わいになっており、単体でも勝負できそうなもの。

「揚物」
若鮎と朝どれのよもぎとお茶の新芽の天麩羅。山椒塩とともに。

「焼物」
たくましい身の味わい。琵琶湖の鮎は動物性のプランクトンを食べるからこそ味わいが強いらしい。蓼では強すぎるからと香りの良い山椒酢でいただきます。

「水物」
わらび餅と煮梅。

鮒寿司の新しい可能性、琵琶湖の恵みについて紹介してまいりましたが、もう1つの魅力はずばり景色でしょう。夜のコースは17時から始まるが、それも美しい夕暮れの景色を見てもらうためだとか。

2018年、台風により店が全壊という憂き目に遭いながらも、琵琶湖の景色を望む大きな窓を設えて復活。冒頭で鮒寿司文化の担い手と紹介しましたが、琵琶湖の魅力を丸ごと楽しめる名店でもございます。ご馳走様でした。
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湖里庵
0740-28-1010
滋賀県高島市マキノ町海津2307
https://tabelog.com/shiga/A2505/A250501/25000624/